【はじめに】長女がASDの診断を受けるまで

はじめまして。芳井香予と申します。私は1982年生まれの主婦。2012年生まれの長女と2015年生まれの次女を育てています。

長女は今(2026年)から10年前の2016年に、はじめて受診した総合病院の発達外来で自閉スペクトラム症(ASD)の診断を受けました。

このブログでは、私が書いていた育児日記を振り返りながら「長女が自閉スペクトラム症(ASD)の診断を受けるまで」を振り返っていくつもりです。

当時を振り返るにあたって、私のなかにはテーマとなる問いが2つあります。

1つは「どうして私は、わが子が自閉スペクトラム症だということに1番に気がつけなかったんだろう?」というもの。

母親が我が子の発達障害に気がつくのには、「母親自身が最初に違和感を覚えて気がつくパターン」と「周囲に指摘されてはじめて気がつくパターン」がありますが、私は圧倒的に後者でした。

1歳半健診で「要観察」になっても、3歳になって児童発達支援センターの親子療育に通うことになっても、私はまだ長女に何か障害があるかもしれないなんて思っていなかったんです。

私がはじめて「もしかしたらこの子には障害があるの?」と真剣に考えたのは長女が3歳2カ月の頃。それは、母や夫の口から「発達障害」や「自閉症」という言葉を聞くようになったことが大きなきっかけでした。

ただ、私はそのあと長女が自閉スペクトラム症であることをすぐに理解できたわけではありません。私が「この子は自閉スペクトラム症なんだ」と心から納得するまでには、かなり時間がかかりました。

3歳11カ月の長女が自閉スペクトラム症の診断を受けたのは2016年ですが、私がその診断を理解し納得できたのは、その5年後。2021年のコロナ禍の頃で、長女は8歳(小学2年生)になっていました。

そこでこのブログの2つ目のテーマとなる問い。それは「どうして私は、わが子が自閉スペクトラム症であることをなかなか理解できなかったんだろう?」というものです。

  • どうして私は、わが子が自閉スペクトラム症だということに1番に気がつけなかったんだろう?
  • どうして私は、わが子が自閉スペクトラム症であることをなかなか理解できなかったんだろう?

この2つは、私にとって「問い」というよりも「非難」でした。私は長い間「母親なのにどうしてそんなこともできないのか」と自分を責めていたんです。

でも、長女が自閉スペクトラムの診断を受けてから10年経った今。自分自身を非難する気持ちはゼロではありませんが、かなり小さくなりました。それは「どうして」という非難めいた問いに、自分なりに答えが出せたからです。

というわけでこのブログでは、「長女が自閉スペクトラム症の診断を受けるまで」を振り返りながら、2つの問いに私が出した答えについてお話ししたいと思っています。

ちなみに……

長女は、5〜8歳まで中度知的障害、9〜12歳まで軽度知的障害の診断も受けていましたが、13歳から知的障害の診断は外れました。

そして長女は、13歳の頃にADHD(不注意優位型)の診断も受けています。

ただこれらの診断については、私のなかでまだ気持ちの整理がついていないのと勉強不足の部分が多いと感じているので、このブログは触れないつもりです。ご了承ください。

それから、今後の記事の中で登場する「三山さん」は、私の頭の中を整理するために話し相手になってくれる女性。

  • 2000年生まれ
  • ライターを目指してインタビューの練習中

という設定の架空の人物です。

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この記事を書いた人

1982年生まれ。
3歳差の姉妹を育てている主婦です。
ここでは「長女が生まれてから自閉スペクトラム症(ASD)の診断を受けるまで」を育児日記をもとに振り返っています。

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