
この記事では、私が児童発達支援センターの親子療育について、事前にほとんど説明を受けていなかった理由についてお話ししています。
ほとんどなかった事前の説明

芳井さんは、「児童発達支援センター」や「親子療育」について事前にほとんど説明を受けていませんでしたよね
そうですね。私は通っていた保健センターの親子教室で、保健師さんから「週に2回の親子教室」とだけ聞かされていました。

それに、児童発達支援センターに通うために必要な受給者証の手続きも、センター長が代わりに済ませてくれたんですよね?
そうなんです。だから私は、児童発達支援センターに通うためには受給者証を取得する必要がある……ということをちゃんと理解しないまま、契約を済ませていました。

芳井さんはそのことを不思議に思わなかったですか?
今ふりかえってみると、私も「どうしてもっと色々質問しなかったのかな」と思うんです。でも、当時の私は事前にほとんど説明がなかったことに対して、あまり深く考えていませんでした。
疑問に思わなかったんですか?
児童発達支援センターに通うためには「契約書の手続きが必要」と言われたときには「え?」と思いました。でも、自治体が運営している施設であることに間違いはなかったので「まぁ、そういうものなのか」と納得したんです。
もしそれが民間の施設とか教室だったとしたら「ん?なんかあやしい……」と思って契約書にハンコは押さなかったと思います。
「療育」について説明がなかった理由

ただ、事前に私に児童発達支援センターや親子療育について説明がなかったことや、センター長が受給者証の手続きを代わりにやってくれた理由は後に知ったんです。
そうなんですか?
はい。私とさくらが児童発達支援センターの親子療育に通いはじめてから3年後に、受給者証の手続きをしてくれたセンター長から話を聞きました。
どんな理由だったんですか?
できるだけ児童発達支援センターの親子療育に通うためのハードルを下げるためだった———とのことでした。
というのも、私とさくらが児童発達支援センターに通いはじめたのは2015年だったんですが、その頃は児童発達支援センターの親子療育に通うことを「障害児としてのレッテル」のように捉えて抵抗を示す保護者の方が多かったそうなんです。
それは児童発達支援センターに対して「障害」というネガディブなイメージを持っていた保護者の方がいたということですか?
児童発達支援センターというよりも、「療育」という言葉に拒否感を示す方が多かったようですね。
だから、センター長さんは保護者に対して事前に「療育」という言葉は使わないようにしていたそうです。
変わっていった「療育」へのイメージ

療育に通うことが「障害児としてのレッテル」と感じる風潮が当時はあったということですか?
地域によっても違うと思いますが、私たちが暮らす自治体では、2015年頃にはまだそういった風潮があったんだと思います。
ただ「療育」という言葉の意味や、「療育」に通うことに対する保護者の意識というのは、時代とともにかなり変わっているのも事実です。
私がさくらと通っていた児童発達支援センターでも、私たちが通所をはじめて2年くらい経った頃にはだいぶ状況が変わっていました。
どんなふうに変わっていたんですか?
児童発達支援センターの定員よりも、通所を希望する保護者の数が多くなったんです。その結果「通いたくても通えない親子が増えている」という話をセンター長から聞きました。
それはどうしてなんでしょうか?
発達障害が広く認知されるようになったことで、保護者の療育に対する意識がかなり変わったことが大きいようです。
どんなふうに変わったんでしょうか?
療育に対してそれまでの「障害児としてのレッテル」ではなく「早期療育を受けることで集団生活に適応しやすくなる」というイメージを持つ保護者が増えたそうです。
芳井さん自身はどうでしたか?児童発達支援センターの親子療育に通う中で何か意識の変化はありましたか?
私自身はもともと「療育」という言葉を知りませんでした。だから「障害児としてのレッテル」なんてイメージは持ちようがなかったし、そういった点では特に意識が変わることはありませんでした。
でも児童発達支援センターに通うなかで、別の意味で私の療育に対する意識は大きく変わっていきましたね。そのことについては、また後の記事でお話ししたいと思います。
まとめ
今回は、私が児童発達支援センターの親子療育について、事前にほとんど説明を受けていなかった理由についてお話ししました。
次の記事では、「療育ってなに?」というテーマでお話ししたいと思います。


