【2歳まとめ】「療育への通所」が決まっても不安を感じなかった理由

長女が2歳11カ月の頃、児童発達支援センターで行われていた親子療育に通うことを決めた私。しかしそのときにも、長女の成長に不安を感じていたわけではありませんでした。

この記事では、その理由についてお話しします。

目次

ASDの特徴が増えていた2歳の頃

2歳の頃のさくらちゃんを振り返ってみて、今はどんな感想をお持ちですか?

こうしてちゃんと振り返ってみると、2歳の頃のさくらには自閉スペクトラム症の特徴がかなりあらわれていたんだなと、今さらですがちょっと驚いています。

当時の芳井さんは、さくらちゃんのそんな特徴に気がついていなかったんですよね

さくらの言葉や行動に「面白い」とか「怖がりなんだな」などと思ったりはしていましたが「自閉スペクトラム症の特徴」なんて考えたこともありませんでした。

それでも芳井さんは、さくらちゃんが2歳の頃には保健センターの親子教室に通ったり、児童発達支援センターの親子療育に通うことを決めたりしていましたよね

そうですね。さくらが自閉スペクトラム症であるという自覚はまったくないまま、私は順調に「支援の流れ」に乗っていたんです。

そのなかで2歳の頃は「保健センターの親子教室に通って、児童発達支援センターの親子療育へ通うことを決めた」という時期でした。

ただ私自身は、あいかわらずさくらの成長に何も不安は感じていなかったんです。

お子さんを療育へ通わせたいと希望する保護者の方は「子どもの成長に不安を感じている」場合が多いんでしょうか?

そうですね。最近では特に「子どもの成長に不安がない」という保護者が、子どもを療育へ通わせることはほとんどないと思います。

でも芳井さんの場合、事前の説明をほとんど受けずに、療育についてよく理解しないまま通所を決めていた———という事情がありましたよね

そうですね。

ただそのことだけが、当時の私がさくらの成長に不安を感じていなかった理由ではないと思います。

療育への通所が決まっても、私がさくらの成長に不安を感じていなかった理由。

それは、さくらが0歳や1歳の頃にも私が不安を感じていなかった理由と同じように

どうして私は、わが子が自閉スペクトラム症だということに1番に気がつけなかったんだろう?

というこのブログのテーマである問いの答えになるので、ここで整理しておきたいと思います。

「療育への通所」が決まっても不安を感じなかった10の理由

それでは、療育への通所が決まっても、芳井さんがさくらちゃんの成長に不安を感じていなかったのはなぜだったんでしょうか?

それには、

  • 「発達障害」についての知識がなかった
  • さくらは着実に成長していた
  • 育児について困難を感じていなかった
  • さくらを誰とも比べていなかった
  • 「個人差」と納得していた
  • 「母親としての自信」があった
  • さくらと私はコミュニケーションがとれていた
  • 自分と同じだから大丈夫だと思っていた
  • 「3歳になれば……」と思っていた

という1歳半健診の結果に私が不安を感じなかった9つの理由にくわえて、

  • 複数の人から「大丈夫」と言われていた

という理由がありました。

「発達障害」についての知識がなかった

児童発達支援センターの親子療育へ通うことが決まっても、私がさくらの成長に不安を感じていなかった理由の1つ目。それは、さくらが2歳になっても、私にはあいかわらず「発達障害」についての知識がほとんどなかったからです。

私は「療育」という言葉の意味もあまり理解していませんでした。

「療育」は基本的に障害がある子どもを対象にしたものとのことでしたよね

はい。最近では、療育は「療育施設に通って、発達障害や知的障害のある子ども向けの保育や教育を専門家から受けること」という意味で使われることが多いですね。

でも当時の私は、療育を「発達に心配がある子どもが参加する教室」というぼんやりとした意味でしか理解していなかったんです。

そもそも最初に私がさくらを連れて児童発達支援センターに見学に行ったのも、保健センターの親子教室で「週に2回の親子教室」があると聞かされたからでした。

児童発達支援センターや療育についての説明は何も受けていなかったんですよね

そうですね。当時(2015年)は療育を「障害児としてのレッテル」のように捉えて抵抗を示す保護者が多かったことから、あえて事前に説明しなかった———という話を、私は後に児童発達支援センターのセンター長から聞きました。

児童発達支援センターに通うための「通所受給者証」を取得する手続きも、芳井さんはご自身でしなかったんですよね

はい。児童発達支援センターに通うためのハードルをなるべく下げたいという思いで、センター長が代わりに手続きをしてくれていました。

事前に療育について説明を受けていなかったことや、通所受給者証の手続きをご自身でしなかったことで、芳井さんは「発達障害」についての知識を得る機会を失ってしまったんでしょうか

そのことも一因にはなりましたが、当時の私に発達障害についての知識がなかった理由はそれだけではありません。

「あえて説明しなかった」とセンター長は話していましたが、私の方から児童発達支援センターや療育について色々と質問すればきっと答えてくれていたと思います。

それに療育については、ネットでももっと詳しく調べることもできたはずですが、私はほかの児童発達支援センターのホームページをいくつかみただけでなんとなく納得してしまったんです。

児童発達支援センターで契約書を受けとったあと、療育についてネットで調べたときに「障害」という言葉は目にしなかったんですか?

もしかしたら目にしていたのかもしれませんが、まったく記憶に残っていないんです。

「障害」が自分やさくらに関係のあるものだとは思っていなかった当時の私は、ネット上でその言葉を目にしていたとしても、覚えていなかったんだと思います。

着実に成長していた

2歳11カ月の頃、児童発達支援センターの親子療育へ通うことが決まっても、私がさくらの成長に不安を感じていなかった理由の2つ目。それは、2歳の頃のさくらも、着実に成長していたからです。

言葉の成長はゆっくりだったものの、2歳になったばかりの頃には「上手におしゃべりできてうらやましい」と言われたこともありましたし、言葉のやりとりも増えていました。

2歳9カ月の頃には2語文も話すようになって、そのあともさくらは順調に言葉が増えている、と私は感じていました。

芳井さんは、さくらちゃんが2歳の頃、言葉の成長を実感していたんですね

そうですね。ゆっくりではあるものの着実に成長していると思っていました。

だから私は、さくらが1歳の頃と同じように「言葉の発達も、運動発達と同じようにいつの間にか追いつくんだろうな」と思っていたんです。

育児について困難を感じていなかった

2歳11カ月の頃、児童発達支援センターの親子療育へ通うことが決まっても、私がさくらの成長に不安を感じていなかった理由の3つ目。それは、当時の私はあいかわらず育児について困難を感じていなかったからです。

でも、さくらちゃんが2歳7カ月の頃、2人目のお子さんを妊娠されてつわりがはじまったときには「はじめて育児に負担を感じるようになった」とおっしゃっていましたよね?

たしかに、つわりがはじまった時期にはそれまでのように「さくらにすべてを合わせる」という生活ができなくて、はじめて育児が「辛い」と感じました。

ただそれは一時的な感情だったんです。つわりが終わったら、私はそんなふうには思わなくなりました。

さくらちゃんが2歳8カ月の頃には、寝起きの大パニックで「無理かも」と思ったことがあったとおっしゃっていましたが、そのことについてはどうですか?

睡眠障害の「錯乱性覚醒」によるパニックを起こしたときですね。

たしかにその時は「無理かも」と思いました。これから生まれてくる赤ちゃんとさくらの2人を同時に育てていけないかも……と、はじめて思ったんです。

ただやっぱり、そんなふうに思ったのは一瞬でしたね。

2歳の頃のさくらちゃんは、お店で大泣きして知らない人から「豚みたい」と言われてしまったり、公園でも大泣きしてしまったり———ということがあったと思いますが、そういったことについても育児をする上での「困難」とは捉えていませんでしたか?

そうですね。2歳の頃のさくらのお店や公園での大泣きについては、私は「イヤイヤ期だから」とあまり気にしていませんでした。

それに、このあとにもお話ししますが「イヤイヤ期は期間限定のもので2歳がピークだから、2人目の子を出産する頃には落ち着いているだろう」と私は思っていたんです。

だから私は、2歳の頃のさくらがお店や公園で大泣きしてしまうことがあっても、それが育児をする上での「困難」なんて考えたことはありませんでした。

誰とも比べていなかった

2歳11カ月の頃、児童発達支援センターの親子療育へ通うことが決まっても、私がさくらの成長に不安を感じていなかった理由の4つ目。それは、当時の私はあいかわらずさくらを誰とも比べていなかったからです。

さくらちゃんが2歳の頃には、子育てひろばや保健センターの親子教室に通っていましたよね。そこでさくらちゃんを周りの子と比べることはしませんでしたか?

さくらが2歳の頃も、私はあいかわらず周りの子のことはあまり気にしていませんでしたね。

それに今思い返してみても、2歳の頃のさくらは子育て広場や保健センターの親子教室で周りから浮くような様子もなくて。

むしろ、さくらと同じくらいの年の子が駄々をこねたりかんしゃくを起こしている様子をみて、私は時々「大変そうだな」と思っていました。

でも、当時の私は周りの子とさくらを比べて「うちの子だけ○○ができない」というようなネガティブな気持ちになったことは1度もありませんでした。

「個人差」と納得していた

2歳11カ月の頃、児童発達支援センターの親子療育へ通うことが決まっても、私がさくらの成長に不安を感じていなかった理由の5つ目。それは、当時の私は「子どもの成長には個人差がある」と納得していたからです。

さくらちゃんが1歳半健診を受けた後は、ネットで「うちの子も何もできませんでした」というエピソードを読んで納得していたとおっしゃっていましたよね

そうですね。私はさくらが2歳11カ頃になった頃にも、そのときの感覚のままでいました。

それにネットだけではなくて、ご近所にさくらと同じように「1歳半健診で要観察となって療育に通っていた男の子」がいたことも大きかったですね。

その子のお母さんからは「大丈夫」と言ってもらえていたんですよね

はい。「親子療育にうちも通ってたよ」「大丈夫」と言ってもらっていました。

「2歳の頃は全然しゃべらなかった」というその男の子が、療育を卒業した後にごく普通の幼稚園児になっている様子を、私は実際に目にしていた。

そのことは、私が「2歳の頃の言葉の発達には個人差が大きい」と心底納得できていた理由の1つでした。

母親としての自信があった

2歳11カ月の頃、児童発達支援センターの親子療育へ通うことが決まっても、私がさくらの成長に不安を感じていなかった理由の6つ目。それは、当時の私にはあいかわらず「母親としての自信」があったからです。

さくらが2歳3カ月の頃、夫から「この子は普通級に入れるのかな?」と言われたことがありました。

でも、「大丈夫」という自分の感覚に自信を持っていた私は「何言ってるの?」と夫の言葉をまったく取り合わなかったんです。

ご主人は、お昼寝の後に大泣きするさくらちゃんに違和感を覚えていたんですよね

はい。今振り返ってみると、さくらの大泣きは睡眠障害の症状だったんですが、当時の私は気にしていませんでした。

夫が心配していても「大丈夫」と思っている自分の方が正しい。だから心配ない。

私はあいかわらず、そんなふうに思っていたんです。

コミュニケーションがとれていた

2歳11カ月の頃、児童発達支援センターの親子療育へ通うことが決まっても、私がさくらの成長に不安を感じていなかった理由の7つ目。それは、当時の私はあいかわらずさくらとの間に「コミュニケーションが成立している」と思っていたからです。

さくらの態度や返事から「私が話す言葉の意味もちゃんと理解している」と感じる場面が、1歳の頃よりもさらに増えていたんです。

2歳の頃のさくらちゃんの要求は、ご主人には伝わらないことが多かったとおっしゃっていましたよね?

そうですね。2歳10カ月の頃には、夫に要求が伝わらなくてさくらがかんしゃくを起こすことが増えていました。

ただその頃にも、私は「さくらが何を要求しているのかわからない」と感じたことはほとんどなかったんです。

芳井さんは、さくらちゃんとのコミュニケーションで困っていることはなかったんですね

そうですね。私自身は、2歳の頃のさくらとの間にもちゃんとコミュニケーションが成立していると感じていました。

自分と同じだから大丈夫だと思っていた

2歳11カ月の頃、児童発達支援センターの親子療育へ通うことが決まっても、私がさくらの成長に不安を感じていなかった理由の8つ目。それは、当時の私にはあいかわらず「自分と同じだから大丈夫」という思いがあったからです。

  • 言葉の遅れ
  • 偏食
  • 昼寝のあと大泣き

2歳の頃のさくらにもみられたそれらの様子は、小さい頃の私にもあったことだから大丈夫。

私はあいかわらず、そんなふうに思っていました。

さくらちゃんが2歳8カ月の頃のお昼寝のあとの大パニックには「無理かも」と思った瞬間があったとのことでしたが、それでも「自分と同じ」と思っていましたか?

そうですね。さくらの大パニックに心が折れそうになった瞬間もあったんですが、それでも昼寝の後に大泣きしたくなる気持ちは、私にはわかるような気がしていました。

私はあいかわらず「昼寝から起きると気分が悪いし、泣きたくなるのもわかる気がする」と思っていたんです。

言葉の遅れや偏食についてはどうですか?

それも「私と同じだから大丈夫」と思っていました。

さくらも言葉が出はじめるのはちょっと遅かったけど、子どもの頃の私と同じようにおしゃべりな女の子になるだろう。

さくらが2歳の頃にも私はそんなふうに考えていました。

それに偏食については「子どもの頃の私よりもまだマシ」とさえ思っていたんです。

「3歳になれば……」と思っていた

2歳11カ月の頃、児童発達支援センターの親子療育へ通うことが決まっても、私がさくらの成長に不安を感じていなかった理由の9つ目。それは、当時の私にはあいかわらず「3歳になれば……」という思いがあったからです。

さくらちゃんが1歳の頃、芳井さんは「3歳になれば言葉が追いつく」と思っていたとおっしゃっていましたよね

そうですね。「ネットの検索結果」と「母からの話」。さくらが1歳の頃の私は、おもにこの2つから「3歳」がさくらの言葉が追いつく時期だと確信していました。

その確信は、さくらが2歳になったばかりの頃、ご近所さんから「うちの子も2歳の頃は全然しゃべらなかったよ。でも、3歳になったらべらべらしゃべるようになった」と聞いてさらに揺るぎないものになったんです。

2人目のお子さんが生まれる頃には、さくらちゃんも3歳になっているから「お姉ちゃんらしくなる」と思っていたとおっしゃっていましたね

そうなんです。

それにさくらの「イヤイヤ期」も、私はさくらが3歳になる直前には「落ち着いてきた」と感じていました。

当時の私は「さくらも3歳になればさらに言葉で自分の気持ちをちゃんと話せるようになって、かんしゃくを起こすことも減るだろう」と、なんの疑いもなく信じていたんです。

「大丈夫」と言われていた

2歳11カ月の頃、児童発達支援センターの親子療育へ通うことが決まっても、私がさくらの成長に不安を感じていなかった最後の理由。それは複数の人から「大丈夫」と言ってもらえていたからです。

児童館の保育士さんと、ご近所の方から「大丈夫」と言われていたんですよね

そうですね。児童館の保育士さんは、私が児童発達支援センターの親子療育に通うことになった……という話をしたら「えっ?」とびっくりしていて。それから「さくらちゃんは大丈夫だと思うよ」と言ってくれました。

以前、親子療育に通っていたという同じ社宅に住んでいた方も「さくらちゃんなら楽しめると思うよ。大丈夫」と言ってくれて。

それから、さくらは保健センターの親子教室を紹介されたときにも、保健師さんから「必要ないかな」と言われていたんです。

保健センターの親子教室というのは、保健師さんとの面談で紹介されたものでしたよね

はい。当時はそこまで理解していませんでしたが、保健センターの親子教室は1歳半健診で「要観察」となった子のフォローアップのためのものでした。

私はそれを1歳半健診後から定期的に行っていた保健師さんとの面談のなかで紹介されたんですが「さくらちゃんには必要ないかな」と言われていたんです。

面談中に、さくらが保健師さんの表情をうかがう仕草をしたことで「この子には必要ない」と思われたようで……。

それでもさくらが2歳3カ月の頃からその親子教室に通うことになったのは、私があえて通うことを希望したからでした。

芳井さんは、さくらちゃんが遊べる場所を増やしたいという思いだったんですよね

そうです。当時の私には「1歳半健診後のフォローアップのために親子教室に通う」なんて意識はまったくなくて。

そして、その保健センターの親子教室の中で紹介されたのが、児童発達支援センターの親子療育でした。その時にも、私は「妊娠中の私にも安心してさくらを遊ばせてあげられる場所を増やしたい」という思いで、見学を申し込んだんです。

そんな経緯があったので、私の中には親子療育も「本当はさくらには必要ない」という思いがあったと思います。

「必要ない」というのは?

児童発達支援センターの親子療育も、さくらには本来は必要ないんだろうな。でも、充実した遊び場を利用させてもらえるのはありがたい———。私はそんなふうに思っていたんです。

それは、保健師さんから親子教室を「必要ないかな」と言われていたからですか?

そうですね。それが大きかったと思います。

保健師さんの「必要ないかな」という言葉があったうえで、児童館の保育士さんやご近所さんからも「大丈夫」と言われた。

だから、当時の私にとって「大丈夫」という言葉は、疑う余地のないものだったんです。

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この記事を書いた人

1982年生まれ。
3歳差の姉妹を育てている主婦です。
ここでは「長女が生まれてから自閉スペクトラム症(ASD)の診断を受けるまで」を育児日記をもとに振り返っています。

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